【高瀬慧選手インタビュー】Part.1「ショートスプリンターとしての覚醒」

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今年の日本選手権で100mを制し、世界選手権では200mでセミファイナルへ進出した高瀬慧選手。今でこそ、日本最速の称号を手にした高瀬選手ですが、覚醒までには、400mを主戦場としたロングスプリンターの時代がありました。いつ、高瀬選手はショートスプリンターへの転向を決めたのか。そう思って話を聞いていくと、実は”転向”ではなかった、ということがわかってきました。インタビューには、順天堂大学時代から高瀬選手と親しい、株式会社 侍の大西正裕さんに同席いただき、技術面で解説いただきました。

(2015年12月7日/富士通幕張システムラボラトリ)


ー今日はよろしくおねがいします。

高瀬選手
よろしくお願いします。

ーまずは、ロングからショートへと転向されてきたご自身のキャリアについて、特にキャリアチェンジについてお聞かせいただきたいと思います。400mから100m・200mへと主戦場を移された一番のきっかけはなんだったのか、教えていただけるでしょうか。

高瀬選手
ぼくはもともと、200mをずっとやりたかったんです。けれど、なかなか身体がついてこなくて。それがどこで一番変わったかって言うと、2011年の社会人一年目の時です。当時は400m選手で、その年のテグ世界陸上のマイルリレーのメンバーを狙っていたんです。それが、2011年5月の東日本実業団で、20.53っていうオリンピックのA標準を破るタイムが出て。「あ、自分は200mでも戦えるな」って、思えて。そこがターニングポイントだったなって思いますね。

20.53(+0.9)をマークした、2011年5月の東日本実業団選手権。高瀬選手は6レーン

 

ー200mのトレーニングに本格的に取り組まれたのはいつからなんでしょうか。

高瀬選手
基本的には400mの練習はそこまでしてきていなかったです。大学一年生のころはいわゆる長い距離、500mとかの距離で、順天堂大学の芝生でインターバルトレーニングだとかをしてはいました。300mを走ったりしてきていていたんですけど、そんなに長い距離はやってきていなかったですね。どちらかというショートスプリントの練習、ぼくが大事にしているのは60mダッシュだとかです。

ーもともと400mで2010年の日本選手権で入賞されていますが、当時から400mに合わせた練習はされてらっしゃらなかったんですね。

高瀬選手
スピードを上げることを第一に考えているので、あまり400mに特化した練習は好きじゃないですし、できないんですよね。トレーニングを積めないんです。ぼく、極端に有酸素能力が低いので、インターバル系のトレーニングは積めないので、どちらかというと短い距離で追い込んでいく。ロングスプリントの練習をするにしても、最初からリミットを切って100%で行くような練習を心がけています。

ーもともと400mのレースでも前半型だという印象がありました。トータルで考えるというよりも、前半からガンガン行くイメージだったんですか?

高瀬選手
試合の時はしっかり考えていました。200m+200mのイメージで、前半は気持ちよく入って、200mを過ぎたらMAXに切り替えるんですよ。そこでいかに落とさないかっていうのが自分のレースプランだったので、そういうテクニック的な練習っていうのは、レースの2、3週間前から流れのイメージを作って、レースに臨んでいました。

ーあくまでメインはショートのトレーニング。

高瀬選手
そうです。

ーショートで記録が伸びる前後で、大きくトレーニングの中身は変えていないんですか

高瀬選手
変わってないですね。同じことを継続してコツコツとやっていくタイプなので、これといって変わったトレーニングをしていないですし、続けてきたものが急にパッと花開いたというか。

ー出るべくして出た20.53だったんですね。

高瀬選手
そうですね。会社に入ったことで、覚悟とか、決心がついたというか。陸上競技で食べていくことで、日々の生活や食事、意識が変わっていきました。今は寮に住んでいます。当時、順大の先輩で競歩の森岡紘一朗(ロンドン五輪代表・リオ五輪代表内定)選手がいたんですけど、世界で戦っている先輩と一緒に生活することで、刺激も受けました。あとはやっぱり食事の面が大きく変わって。大学を卒業する前の2月から寮に入ったんですが、そこで朝夕栄養がしっかりとれるご飯を摂れるようになって、身体づくりが一層進みましたね。

ー体型が大学の時と変わってらっしゃいますよね。かなり筋肉質になられていますが、食事の影響が大きいでしょうか。

高瀬選手
かなり大きいですね。大学生の頃は意識して食べようとはしていましたが、当時はお金もなくてコンビニのご飯もけっこう多かったです。社会人になって食事が変わったことで、疲労の回復度合いが変わってきました。さらに質の高い練習ができるようになっていったんです。
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ーこれまでも質の高い練習をされてきたのが、さらに一段上がったと。もう少し昔に戻ってみたいのですが、陸上を始められた時から400m主戦場だったのでしょうか。
高瀬選手
初めは100mでした。小学校四年生の夏に始めたんですけど、100mで出身地の静岡市内のレースですぐ一番になれて、五年生の時に県大会で初めて優勝して。日清食品カップっていう全国大会に出れたんですね。中学三年までは100mをずっと専門的にやってきたんですけど。中学校になると周りの選手が成長期に入ってるのに、ぼくはその時はまだ成長期ではなくて、体格面ですごい差が出てきて。全然勝負にならない感じになっちゃったんです。そういった中で、400mも中学三年の時に走ったりしていました。ショートスプリントの素質は自分ではあると思っていたんですよ。なんでかっていうと、小学校の時から、足の回転がすごく速かったんですね。足の回転って、小学生から変わらないって言われているんですけど、当時から回転の速さは天性のものがあって。それが中高大の時はすごくロスしている、回転が空回りしてパワーが伝わらないっていうことが、100m200mの記録に繋がってこなかった。一方で400mは回転を落として、自分の中でうまくパワーを伝えられるような感じがしていたので、400mを中心にやっていました。400mはたまたま高校生の時に始めたっていうのがきっかけだったんですけど本当はずっと100m200mをやりたかったんですよ、ぼく。でも、できなかった。身体がついてこなかった。

ー高瀬選手のピッチは、1秒間に5.1回回転していて、これ以上ピッチを上げるのは難しいのでストライドを伸ばしていこうとしているそうですね。小さい時から早いピッチを持っていたんですね。

高瀬選手
それはずっと持っていましたね。素質なんでしょうかね?
大西さん
僕の印象からすると、彼がピッチ型の選手だっていうことは出会った時には全く思わなかったです。200m400mの選手として大学に入ってきたイメージもあって。ゆったり走るのもいい感じなので、ロングスプリントタイプなんだ、っていうのは傍目からの印象でした。ただ一点言えたのは、高速になればなるほど、フォームの軸が安定するんですよね。回転するコマが安定するように。速くなると安定する、”面”で押すような感じが出てくるのが、彼の一番すごいところかと思いますね。

ー当初から、高いスピードでも安定して走ることができたと。

大西さん
そうですね。彼が言うように、有酸素系のトレーニングだったり、いわゆる400mらしいトレーニングが本当に彼は苦手で。練習量はショートスプリンターとしては多い方だとは思うんですけど、そういうところが彼の認識と陸上界の本当に400mの練習をやっている人との違いではあると思うんですけど、僕はロングスプリント要素が多いスプリンターだな、と。(高瀬選手に)全部バランス取れてるしね?

ー400mから徐々に距離を縮めてきた、というわけじゃないんですね。100m200mへの志向も素質も持っていて、それがあるタイミングで一気に花開いたと。

高瀬選手
振り返ると、そうだったと思うんです。最近ぼくは、高校大学のときは自分の本来の走りをしていなかったんじゃないかな、って考えていて。もともとがむしゃらに足の回転を回して走っていくのが小学校時代の走りだったのに、それを400mではセーブしているような感じがありました。逆に言うとそういう走りが身についたことで、自分のキャパシティがすごい広がったから、今があるのかなとも思います。すごくいい種目選択をしてきたな、っては思いますね。
ー徐々に距離を短くされてきたキャリアは、どうしても100m日本記録保持者・伊東浩司さんと重なる部分があります。意識されることはありますか。
高瀬選手
あまりないですね。伊東浩司さんが400mをやっていたのを知ったのは大学四年の時で、僕の中では伊東浩司さんは100m200mのイメージしかなかったので。周りの人から言われることはありますけど、あまりピンとこないというか。
ー高瀬選手が意識している対象は、記録なんでしょうか、目標とする選手なのでしょうか。
高瀬選手
あまり意識してないですね。目標としているのは、アリソン・フェリックス選手なんですけど。あの大きいストライドと、100から400まで全部活かせるっていう走りが好きで。ぼくは活かせてないんですけど笑。走りは全然違うんですが、自分のインスピレーションの中で、なんか似ているな、ってイメージがあるので。すごく走りの参考にしています。
ーロング時代と現在のフォームとで、なにか大きく変わった点というのはあるんでしょうか。
高瀬選手
意識して変えてきたわけじゃないんですが、400mをやっていたときは横ブレが激しかったり、腕振りが横だったり。今でも横にいってますが。地面にパワーを伝える効率がすごく良くなっている、っていうのが一番変わったと思います。
ー地面に接地するタイミングで、力を入れる局面は終わっていると。力を伝える部分で意識されているのは接地の部分なんでしょうか。
高瀬選手
接地ですね。今は膝を伸ばさないことを意識しているんですけど、大学生の頃は単純に足をかかとに引きつけるだけとか。一年でそれができるようになったら、次の年は今度は引きつけたかかとを地面に下ろすとか、そういうふうに一年一年、自分でちょっとずつ変えてきています。
ー現在のフォームは、課題がクリアになっている、完成形に近い形なんですか?
高瀬選手
いえ、今まだ7割くらいの完成度ですね。一気に変えようと思うと絶対に無理なので。自分でしっかり計画性を持って、目指すフォームにするためには何が必要かっていうのを考え、一年一年トレーニングをしていっています。基本的には走りの意識をいくら変えようと思っても変わらないとぼくは思っているので、ベースとなるのは身体づくり。身体がないと、自分の理想とする走りには近づいていかないので。
ー実現できるだけの身体のキャパシティがないと、やりたいこともできないんですね。400mの時のフォームと現在のフォームとを比べた時に、当時のフォームが活かされているな、と感じる部分はありますか。
高瀬選手
走りの”間”の部分というか、ぼくら空間とか”間”っていうんですけど、接地するときに一瞬フッと抜くところを作る。いっぱいいっぱいのピッチで走ると余裕のない走りになってしまうので、一瞬自分の中で止まる瞬間があるんですね。それが逆にないときは全然走れなかったりとか。その”間”を作るために、250mとか300mとかロングスプリントの練習をたまにやるので。そういうところでは、400mをやっていたメリットがあるなって。
ー”間”、ですか。リラックスとはまた違ったものなんでしょうか。
高瀬選手
なんで”間”ができるのか、未だにわからないところはあるんですが、ロングスプリントの練習をすることによってできていきます。”間”の部分は難しいですね。
大西さん
彼は距離でピッチをコントロールしている感じなんですね。60mとか短い距離だと回せちゃうので、ガッといってしまうんです。300mとか400mとかたまに走ったりするので、そういう中でゆとりを持つ、みたいな感じですね。ゆとりを持つとチューニングされて、ショートスプリントに活きると。やっぱり去年の冬とか一緒に練習させてもらった時とかも、今日は85%でいいから、そのスピードでいいんだと、それ以上速く走る必要はない、と。かなりゆっくり走るんですね。ゆっくりの中でもその”間”ができて、その後のショートスプリントに活きてくるっていう。それが彼の武器かなと思いますね。(高瀬選手に)それはすごいよね。ゆとりがあるとき、去年の織田記念とかそうだもんね。
ー高瀬選手が100mを走っている時に、バタバタしたりいっぱいいっぱいで走っている印象がありません。スーッと走り抜けていっているような。
高瀬選手
それができたのは2014年の織田記念(10.13をマークしたレース)です。ベストを出した今年のゴールデングランプリはどちらかというといっぱいいっぱいでバタバタした走り。ぼくは織田のほうが好きな走りです。
ーテレビ中継を見ていると、高瀬選手はゴールラインを超えてからもそのままのペースで流すようにしてから止まりますよね。
高瀬選手
それができた時じゃないと、タイムが出ないです。200mでも、ゴール寸前で止まった時は、全然記録が出ないんですよ。常にああいうレースができたらいいなと思うんですけど。ぼくは練習の中でも調子が悪い時は流す局面を大事にします。走り終わってからの局面、ゴールしてからの20mくらいってすごいいい動きしているんですよ。たぶんそこが自分の中での理想の動きなんじゃないかなって。リラックスして足の回転とか”間”っていうのがすごいいい状況に来るので、調子悪い時はそこの練習はすごく大事にしますね。
ー練習でも、ゴールを過ぎてからが大事な局面になってくるんですね。
高瀬選手
はい。冬季練習ではなかなか難しい部分はあるんですけど、なるべくそうするようにしていますね。60mダッシュをいつも5本やっているんですけど、そこで一番できてます。60mまでダッシュして、結局止まるのは120mくらいです。
ー60mを過ぎてから初めて減速するんですね
高瀬選手
減速した区間で、技術的なトレーニングができると思うんですよ。
ー中高生時代から、そうした意識を持ってらしたんですか
高瀬選手
大学三年生ころから、そういうふうに思い始めてました。たまに試していたりしたんですけど、確信を得られたのは2014年の織田記念からです。自分のレースを振り返った時に、タイムが出た時はやっぱり走り抜けている。タイムが出ない時は走り抜けられない、っていうふうに自分で思ったので、練習の中でそういう局面を作ったらいいんじゃないかと思って。沖縄合宿を1月2月3月ってやっているんですけど、いま見てもらっているトレーナーの方や塚原(直貴)さんや高平(慎士)さんがそのときにいたんですけど、「高瀬はやっぱりゴールしてから駆け抜けている時に走りがすごくいい」って言われて。やっぱりそこが大事なんだ、と思って2014年位からそこを意識するようにしてきました。

100m200m両種目で日本チャンピオンになった高瀬選手。ずっと取り組みたかった種目で結果を残している今、充実した競技生活を送っていることが伝わってきました。高瀬選手が流れるように、軽やかにゴールを駆け抜けた瞬間は、ものすごい記録が出ているとき。ゴールタイムが表示される前のほんの一瞬、ゴールラインを駆け抜ける瞬間の高瀬選手にもご注目を。

インタビュー2つ目のテーマは、「海外トレーニングと国内トレーニングの交わる点」。高瀬選手が世界で戦うための取り組みを紹介します。12/13(水)公開予定です。




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