【高瀬慧選手インタビュー】Part.2「海外トレーニングと国内トレーニングの交点」

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高瀬選手へのインタビュー、2つ目のテーマは、「海外トレーニングと国内トレーニングの交点」。

2013年、ジャスティン・ガトリン選手らが所属するチームに飛び込んだ高瀬選手。そこで得たものはなんだったのか。そして、現在のトレーニングではどう活かされ、なにに取り組んでいるか伺いました。その中で、高瀬選手はアメリカでのトレーニングを、意外な言葉で総括されます。

立ち上がって解説される高瀬選手。現場はにわかに、熱気を帯び始めます。


ー2013年に取り組まれた海外トレーニング。難しい部分もあったかと思います。海外トレーニングを経て、今も続けられていることを、教えていただけるでしょうか。

高瀬選手
海外に行ってプラスになったのは、海外の選手と友だちになれたということです。海外の試合に行った時に、知り合いがいないとどうしても萎縮してしまう部分があると思うんです。そういった時に、ぼくが一緒にトレーニングしたジャスティン・ガトリン選手(アメリカ・2004年アテネ五輪100m金メダリスト、2015年世界陸上北京100m・200m銀メダリスト)とかチュランディ・マルティナ選手(オランダ・100m自己ベスト9.91)とかが、世界選手権に行くとすごく話しかけてくれて。いつもと同じ自分が話せる環境を作ることが、すごく大切だな、と思って。そこはすごくプラスになったなと思っています。

トレーニングでプラスになったのは、なんだろ、自分の中ではあまりなかったんですよ。実際行った時に、「あ、こんなもんなんだな」って思ったのが本音で、ウェイトトレーニングも自分の予想通りのことをしていました。ちょっと違うと思ったのは、走る練習です。2月に行ったので、彼らがどういう流れできているか把握しきれていなかったですが、彼らはすごくフォームを大事にしている。200+100とかの練習でも、すごいゆっくりとしたペースで走るんですけど、絶対フォームは崩さない。スピード出す時と出さない時の差が激しくて。それがすごく今までの自分の考えにはあまりなかったと思います。なので、冬季練習でもスピードを落とすっていうことは、ぼくはそこで初めて実践して、今も継続している部分。スピードを出さない時はフォームをしっかりつくることを継続してやっています。海外の選手が一番すごいなと思ったのは、気持ちの部分が、ぼくらとは違っていたことです。彼らはプロで、すごくハングリー精神があるんですね。練習の中でもスタートダッシュをやるにしても、ほとんどが世界選手権でファイナルに残るようなメンバーなので、すごい威圧感やプレッシャーがある中でやっていて。日本には無い、そういう環境で練習している彼らはやっぱり強いんだな、って思いますね。

ー世界の一線級の空気を肌で感じてこれた、と。

高瀬選手
それが一番大きかったことですね。技術的な理論っていうのはすごく指導してもらえたんですけど。その時は、「アップフロント、アップフロント」ってコーチには言われて。

ー脚を上げる、ということでしょうか?

高瀬選手
僕はその時コーチに、「お前はすごく脚が流れている」って言われて。それを無くすために、かかとをおしりに引き付けるっていうのが、僕の走りだったんです。彼らはそうじゃなくて一個前に脚を運ぶんですよ。その時ぼくここに引きつけていたんですけど、

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彼らは、ここに引き付けるんですよ。

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ー引き付ける、というかもう前ですね笑。これまで持っていた意識とは全く違うことを指導されることになったんでしょうか。

高瀬選手
そうですね、こんなに引き付けるのかと思いました。あとは腕振り。「アーム、アーム」って言われてました。当時はロンドンオリンピックが終わった後で、まだ400mの名残があったんですね。どちらかというと楽して走るような。ゆっくりしたペースの中でも「お前はサボっている。レイジー」と。腕をもっとちゃんと振れって言われて。「お前100mを9秒台出すにはどうしたらいいかわかるか」って聞かれて、ぼくはその時考えていた60mにトップスピードを持ってきて、そこのトップスピードが高ければいい、と答えました。すると、「そうじゃない」って言われて。「最初からMAXで走るんだ」って言われて。「トップスピードをどの地点かに持ってこようとしている時点でダメだ。とにかく最初っから腕振って脚を上げて走れ」と、ずっと一ヶ月間言われてて。

ぼく、アメリカに行く前に、自分の技術論は変えないと思って行ったんですよ。アメリカに行く目的は、彼らと同じ空気を吸って自分より速い人と走って、そのスピード感を得ることだった。なぜかと言うと、アメリカに行った日本選手を見てきて、良くなくなってしまうことが多いんですよね。日本に帰った時には、だいたい走りが変わってしまっている。それだけにはなりたくないって思ったんですよ。向こうのコーチは、ぼくがコーチ料を支払っているので、すごく教えてくれました。実際に一緒に走ってみたりして、これが9秒台の走りか、これが9秒台の理論か、と思ったら、ちょっと興味が湧いてきて。佐久間コーチとはメールでやりとりしていて、こんなこと言われたんですけどどう思いますか、と相談していました。そこで「一回チャレンジしてみよう」という話になって、脚を上げよう、腕を振ろうという二点を、2013年一年間は忠実に意識していました。

ー先ほどの腕を振れということ、脚を上げろということを走りの中で形にしたら、そのままガトリン選手のフォームになりそうですね

高瀬選手
まさしくそうだと思います。

ーただ、実際はなかなか技術的にはご自身には合わなかったと、総括されてらっしゃるんでしょうか。

高瀬選手
合わなかったとは思わないですけど、その当時は身体ができていなかったので、その走りができなかった。今でもぼくはその走りを目指しているんですよ。なんですけど、その時は一気に全てをやろうとして失敗してしまったというか
ーさきほど、少しずつ積み上げてきているというお話がありました。
高瀬選手
少しずつ積み上げていくタイプなのに、そこで一気に走りを変えてしまったんですよね。当時のアメリカのコーチも、ちょっといい走りをすると「グッドグッド、ベターベター」ってすごくいい感じに言ってくれて。「これなら9秒台出る」って言ってくれたり。これで出るのか、って思っちゃったんですよね。9秒台の選手を教えているコーチに言われたんで笑。日本に帰って走ったら、周りはみんな、僕の走りが「すごい変わった」「いい感じになった」と感じていたんですね。でも、実際自分では不安だったんですよ。感覚的に100mはいけても200mや長い距離がいけないような。それはやっぱり身体ができていなかったので、対応しきれなかったっていうのがひとつ。あとは、1年間通して取り組んでわかったんですけど、その走りの技術の本質が見えていなかった。全部自分で噛み砕いて、その技術で本当に一番大切な部分が見えていなかったんですよ。なんでそこまで脚をあげるのか、腕を振るのかが理解しきれていなかったんです。一年通してやってみて、最終的にわかったのが、膝の角度を変えないということ。そこで初めて、今の走りにたどり着いたんですよ。
ー膝を伸ばさないフォーム、ですね。
高瀬選手
そうです。脚を上げる動作は、結果的にそうなっているので、その前段階が重要なんだとわかりました。ぼくは「脚を上げる」という一点にフォーカスしていたんですよ。そうじゃなくて、流れの中で走るものなので、その脚を上げるっていう一点だけをしていたら、もも上げのような走りになってしまう。その当時、本当にもも上げしているようなフォームだったので。そうじゃなくて、流れで考えて、どんどん準備の先取りの段階を見ていった。そして、膝の角度が変わらなければ、直線的に持ってこれる、という話をコーチとして。そこから今の走りをずっと意識するようになりました。
ーでは、アメリカで教えられたことに対して、アプローチは変わっているものの、目指すところは。
高瀬選手
変わっていないんです。
ー意識が脚を上げるではなく、膝を伸ばさないと変わっただけ、と。アメリカでのトレーニングは難しい部分があった、という印象がありましたが、決してそうではないんですね。

 


 

ー国内でのトレーニングで特徴的なものに、砂場で重いソリを引くトレーニングがあります。

高瀬選手
パワートレーニングと技術トレーニング2つが同時にできる練習なんですよ。ぼくがトレーニングで目指しているのは、いかに一つの練習で複数の効果をもたらすことできるかどうかということで、自分の筋動員数が20〜30%程度なのをどれだけ100%に近づけることができるか、を目指す練習だということが一つ。もう一つ、あのトレーニングは、膝を伸ばさない走りをなにも意識せずに、重りを引くだけで理想の走りができるトレーニングなんですよ。なので、”身体づくり”と”自然に目指す走りができる”こと、その2つですね
大西さん
あのトレーニング、膝を使わないでいけるの?
高瀬選手
股関節使って走ります。
ーソリで引く重量を変えたりするんですか?
高瀬選手
今年けっこう重くしている時もあるんですけど、重くしすぎても軽くしすぎてもできないので、その調整がすごい難しい。目指す走りができている時の重さが15kgくらいなんですよね。それを25kgまで増やしたら全然引っ張れなくて。
ー25kgが引けるようになったら、それは走力がアップしたということになるんでしょうか。
高瀬選手
関係ないと思いますね。それは単にパワーが付いているだけだと思います。
ーイコールスピードではないと。
高瀬選手
ではないと思いますね。でも、パワーがつくというのはすごく大切だと思うので、そのトレーニングの時は絶対に3セットやって、セット毎に分けています。パワーを付けるセットと動きを出す時のセットみたいに。
ーシーズンを通して動きづくりの目的でやられているんですか。
高瀬選手
そうですね、週一回やっています。動きづくりということ、単純にウェイトトレーニングにもなるので。シーズン中は身体にかけられる不可が小さくなってしまいがちなんですが、付加をかけることができる練習の一つかと思いますね。
ーさらに詳細なトレーニングについては、この後のパートでもお聞きしていきます。そして、高瀬選手はメンタルトレーニングに取り組まれてらっしゃいます。
高瀬選手
実際に常にやっているトレーニングは、寝る前の10分間に、自分の理想としている目標、理想としている走り、リオ五輪で自分がファイナルで走っている姿を、想像して寝るということです。その寝る前の10分間が脳のゴールデンタイムと言われていて。そこでイメージすることで本当に実現するかのような気持ちとかワクワク感が出ることによって、脳のホルモンが出て活性化されていいらしいと。専用の音楽とかもあるんですけど、それを聴きながらやっているっていうのが、毎日やってるのはそういうことですね。
ー瞑想やルーティーンのようなものを想像していたんですが、そうしたものとはちょっと違うんですか?
高瀬選手
ぼくルーティンを作るのがあまり好きじゃないので、自分の中でやるときとやらない時をなんとなく自分の気持ちで分けていたりします。練習の中で指をパチパチ鳴らしたりとかして、レースのスタート前にもパチパチさせる。そうやってリンクさせることで、自分の脳の中のスイッチを入れるというテクニックがあって。そうすることで、自分のいつも通りの走りができたりとか。例えば走る前に手を上げたりしてみたら、その時の心境とか体の状態にすぐ持っていける、っていうようなテクニックなんですよ。ただ、ぼくはそれがどうしてもまだ自分の中ではあまりしっくりきていなくて。ナンバーワンポーズっていうんですよ、高校野球の駒大苫小牧とかもチームみんなで指立てるじゃないですか、あれと一緒で。あとは脳を錯覚させる、だます、ということ。失敗するとトラウマになったりするじゃないですか。試合の結果でトラウマになるのは、全部失敗の経験から来ているので、まずは脳の中にある傷を変えなきゃいけないと。難しくて、ぼくもなかなか理解しきれていない部分が多いんですけど。
ー世界陸上のスタート前は、腕を上げる動作をされてましたが、あれも毎回やっているわけでは。
高瀬選手
ないです。
ー毎回、したくない、という感覚に近いんでしょうか。
高瀬選手
スタート前にそんなに意識することもないので。ただ、世界選手権のときは準備段階の時に、最悪の結果を想定していたんですよ。最悪の結果を全部想定して、10個以上書き出して、最悪の結果をどう最高の結果に変えていくか。最悪の結果、最高の結果というのを並べました。自分が最悪の結果にならないために、じゃあなにをどうしていくかということを書き出していったら、良い準備ができました。それも全部メンタルのトレーニングで言われたんですけど。最高の結果を出したければ、最悪を想定したリスクマネジメントをしろと言われて。
ーそうしたメンタルトレーニングはいつから取り組まれていらっしゃるんですか?
高瀬選手
2014年9月からです。その時、ぼく海外で記録が出ないっていう自分の中でのトラウマみたいのがあって、ほんと海外行きたくなかったんですよ。でも、2014年のアジア大会ではどうしても結果がほしい、記録がほしいと思ってて。力は付いていると思ったので、絶対にメンタルだと思って。自分の中でメンタル変えてみようと思って、すぐインターネット検索してたら今のトレーナーの人が出てきたんですね。初めに心理テストしたんですよ。そしたら、君は陸上を義務でやっている。楽しくやっていない、ワクワクやっていない」って言われて。ぼくがいまやっているのは、○○しなければならない、結果を出さなければならない、と言った状態。それだと脳のリミッターが切れていない状態だと。自転車で言うと、立ちこぎしているのに、ずっとブレーキかけている状態みたいな。メンタルトレーニングを受ければ、ブレーキを開放できると。そこではじめて、アジア大会は韓国だったんですけど、海外で初めていい走りができて。
ー銅メダルを獲得したレースですね。
高瀬選手
でもそのときたしかに、自分の中でスタート前に全然違う感覚というか、気持ちの高揚感というか。「これ絶対に記録出る」という気持ちでスタートラインに立てて。レース自体も、100mってこうやって走れば記録が出るんだ、ていう感覚が初めてつかめたんですよ。それが、良かったと思っているので、今もやっているんです。
大西さん
もともと海外に弱いってイメージは学生の時になかったよね。初海外が関東学連の遠征で行って、その当時のベストくらいでは走って、ロンドン五輪も準決勝までいってて。でも、14年の春先に記録出たのもあって、海外回ったらやせ細って帰ってきて。
高瀬選手
一人で回ったら記録がでないっていう笑
ーその時が初めての海外転戦ですか?
高瀬選手
一人で回ったのは初めてでした。
ー代理人の方と契約し、海外での転戦を計画されてらっしゃいますね。
高瀬選手
今シーズン契約して、どんな感じかというのを試して、来シーズンは転戦っていうところまでは考えてないんですけど、主戦場は海外に置きたいなって思っています。
ーアメリカでトップ選手と一緒に走る空気を肌で感じられましたが、場慣れを意識されてらっしゃるんでしょうか。
高瀬選手
してますね。一人で海外を回った時は、自分が出たいレースに全く出れなかったんですよ。もちろん自分が記録を持っていなかったせいもあるんですけど、それよりかは代理人の力が重要だっていうのを知って。その当時は日本でも僕と同じくらいの選手がダイヤモンドリーグとかワールドチャレンジとかに出ているのに、なんでこんなに差があるんだろう、って思ったんです。それは代理人の差だったっていう。同じ代理人を通していても、ぼくの方が後に回されていたんで、このままでは絶対に出れないなと思って。日本の代理人だったら絶対に出れないと思ったので、自分が出るためには海外の代理人をつけるしかないなって。いろんな陸上関係者に紹介してもらって、代理人をつけて戦っていこうと思いました。
ーリオ五輪の直前まで、来シーズン序盤は海外で戦われる計画があるわけですね。
高瀬選手
そうですね。
ー国内のレースを積み上げていっても、最終的にオリンピックに直結しないと思われますか?
高瀬選手
ぼくは二分化されると思いますね。日本国内でずっと調整を重ねて、一発試合に出るようなアプローチで結果が出るタイプ、末續(慎吾・200m日本記録20.03保持者)さんなんかはそういったタイプだと思います。一方で為末(大・400mH日本記録47.89保持者)さんみたいに転戦をしていって、オリンピックに向かうっていうタイプもあって、選手によると思うんです。ぼくはおそらく、転戦向きじゃないんですよ。転戦すると体も細くなっていって、記録も落ちていって、すぐ身体を消費しちゃうんですね。なので、転戦はあまりしたくないんですけど、日本の試合で勝ってもあまり意味は無いと思っているので、海外で戦って、場慣れの意味でも、海外でしっかり結果を出すっていうのが大切だと思います。来年の話ですが、転戦はせずに単発で回ると。一ヶ月に一試合くらい、海外に単発に行く。そこで記録を狙うのが自分のスタイルなんじゃないかな、って思っています。
ーオリンピックイヤーに取り組まれるのは大きなチャレンジでもありますよね。
高瀬選手
はい、普段と変わったことをしてもしょうがないなという想いもあるんですけど。それくらいだったら大丈夫かなっていうのはありますね

アメリカでのトレーニングを非常に前向きに捉え、現在も目指す走りの理想像を見つけられた高瀬選手。ソリ引きやメンタルトレーニングなど、高瀬選手ならではのトレーニングについても、その一端を垣間見させてもらいました。

次回はPart.3「on the track」、高瀬選手ご自身に、ランニングフォームについて徹底解説いただきます。1月16日(土)に公開予定です。




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