【藤光謙司選手インタビュー】Part.3「on the track-フォームの変遷-」

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藤光選手へのインタビューPart.3は、「on the track-フォームの変遷-」。初めて日本選手権を制した2010年と現在とで、どのようにフォームが変わったかを解説してもらいます。世界陸上やダイヤモンドリーグなど、今年の主要レースについても、振り返ってもらいました。

Part.1「安定感という武器」

Part.2「長く活躍するために捨てたもの、残したもの」

Part.4「off the track」


ー高いレベルで安定した今期、ベストレースから教えてもらえますか。

藤光選手

内容的にはやっぱり、ルツェルンのレースなのかな、と思いますね。

ー日本歴代2位の20.13をマークされたレースですね。お話しあったように、リラックスして臨まれたレースだったんでしょうか。

ルツェルン国際200m。5レーンの藤光選手は、20.13(+0.6)の3位でフィニッシュ
藤光選手
そうですね。トラックに入った瞬間に、走るメンツもそうですけど、今年の世界陸上に向けて、「こういう選手と走ってどれだけ戦えるか」を確かめる位置づけでもあったので、世界陸上の準決勝をどう突破するかということをプランニングしやすいメンツだったんですよ。この人達にどれくらい迫って走れるかとか、どれくらいの位置で走れるかということで、セミファイナルを通過できる基準になってくると思っていました。

メンツを見た時に、なんかすごいワクワクしたんですよ。ここをトップで行くくらいじゃないと、当然世界陸上では戦えないだろうなと思って。このときプッとスイッチ入ったんですよね。リラックスして自然体ではありましたけど、前向きで楽しみながらという気持ちでしたね。

ースタートで少しトラブルがありましたね。

藤光選手
ありましたね笑。ちょっと映像ではわからないんですけど。スターティングブロックがずれるという。

ーブロックを蹴った瞬間ですか?

藤光選手
スタートの瞬間、蹴った反動でもっていかれちゃうという。(動画を見ながら)普通に出ているようには見えるんですけど。ぼくは「終わった」と思いましたね笑。

ーコーナー抜けたあたりではかなり前の方にいますね。

藤光選手
今シーズン、前半の入りですごくもやもやしていて。前半もう少し出せるのに、もう一歩ギアが入りきらないというか、乗り切らないな、と感じていたんです。練習ではすごくいい感覚をつかめているのに、試合でなかなか出せなかったんです。ようやく出たレースがルツェルンでした。練習で走っている感覚と、もやもやしている感覚を吹っ切るレースが出来たなと思います。ここまで走ってきたレースとは、全然内容的には違った感覚で走れたレースでした。

ー日本歴代2位というタイム。スタートさえ決まっていたら、あわや日本記録もという走りでした。もう、日本記録は意識されてらっしゃいますか。

藤光選手
そうですね、ちょうどこのレースで2位の選手が20.03というタイム(末續慎吾選手が2003年にマークした日本記録と同タイム)で走って、「ああ、そこか」という位置に選手がいたので、もしかしたらいけるんじゃないかという感覚がすごくありました。このレースも100%完璧なレースではありませんでした。スタートでのアクシデントもそうですし、全体としても、「まだこの部分でこうできたんじゃないかな」という点があって、不完全燃焼というか。そこさえ自分が思っているように走れれば、狙えないタイムじゃないなと、このレースですごく感じました。

ーありがとうございます。それでは2010年のレースを振り返りたいと思います。現在のフォームとの違いを教えてもらえますか。

藤光選手
この当時は、脚を流すような感覚で走っていますね。その感覚が当時ぼくは一番しっくりきていて、脚を真下におろして、自然に後ろに流していくという気持ちで走っていたんです。

今は脚の軌道を一段階前でさばくようにしていて、この時に比べたら脚の軌道は変わってきたと思います。やっぱり脚を流している分、少し前傾してしまいますし。そういうことが原因で、腰に違和感が出てしまったのだと思います。走りを変えるきっかけになったのは、正直ヘルニアがあったからというのもあります。2012年にヘルニアが発覚したのですが、思い返すと、自分の走り方だったり身体の使い方だったり、腰に負担がかかるような走り方をしていたなと思いますね。

腰に負担の掛からない走り方、痛みの出ない走り方というか、どう走ったら身体に負担なく効率良く走れるのかな、と試行錯誤しながら現在の走りにたどり着いたという感じですね。

2010年の日本選手権200m決勝のレース。6レーンの藤光選手は20.38(+1.2)で優勝を果たした。
キックした脚は現在よりも後方を通り、重心の真下に近い位置で接地している

ー一般的には後ろに脚が流れるというのは、ネガティブに捉えられることかと思います。2010年当時はどのように考えてらしたんですか。

藤光選手
そうですね、後ろに流して走っていると言っても、大げさに流しているわけではなかったので、流しているような感覚があったというだけです。ただ、少し今と比べると、軌道は後ろめだったかなと。それがしっくりきていた感覚があったので、一番感覚的に力が入るというか、その時の一番のパワーポジションがそこだったので、当時はこのフォームでした。なので、流れるからどうというのは考えていなくて。身体の正しい使い方、しっかり使えているところを使えていればケガをしないというか。当時、2010年はケガをしなくなっていて。使いたい部位が使えて、正しい使い方ができればケガのリスクというのはあまりないと思っていました。そういう状況での当時の走りですね。

ーということは、現在の走りも、後ろに流れないようにしようと考えているわけではない、ということなんでしょうか。

藤光選手
最初のきっかけはヘルニアで、腰に負担をかけないフォーム、ということをベースに考えて、それがどんどん派生していって、効率のいいフォーム、力をつかわないフォームを、ということで、今のフォームにたどり着きましたね。

2015年日本選手権200m決勝のレース。4レーンの藤光選手は、20.32(+0.8)で5年ぶりの優勝を果たした。
キックした脚がスムーズに臀部に引きつけられ、前方で接地していることがわかる
―ラスト30mくらいは、脚を動かすのにいっぱいいっぱいといった感覚はあるんですか。
藤光選手
ラスト30mを押しきれないのは課題かな、と思っていて。(20.13を出した)ルツェルンのレースも、ラスト30mのところがまとめきれなかったんです。最後まできっちりまとめきるというのは、どの選手もできないことかもしれないですけど、最後まで押しきることができたら、もうちょっと良いタイムが見えてくるのかなと。
ーといっても、最後までフォームは崩れませんよね。
藤光選手
フォームを崩さないことは常日頃からトレーニングでやっています。練習の中でタイムを一つの指標にすると思うんですけど、僕はタイムよりも、最後まで同じ姿勢で走るということを重視しているで。タイムが悪くても最後まで同じフォームで走れるように、意識づけてやっています。サーキットも一緒です。サーキットってこなすこととか、補強をどれくらいしっかりやるとか、ジョグのペースをどうするかとかに目がいきがちなんですけど、それよりも間のジョグや流しのフォームがいかに崩れないかっていうのを重視しています。どんなに辛くなってもフォームだけは崩さない、と。レースで、最後までフォームが崩れないことにつながっていると思いますね。
 ー中高生にもぜひ意識してもらいたいポイントですね。
藤光選手
そうですね。あとは最後は「頑張らない」ということですね。頑張らないと言うと語弊があるかもしれませんが、力を出そうとして頑張ろうとする選手がほとんどだと思うんですけど、それによって余計な力も使います。そういう状態になっても力を出せるとは思えないんです海外ではカール・ルイスの元コーチであるトム・テレツさんに教わってるんですけど、「maintain-維持する-」って言われるんです。維持する気持ちで、そこまで作り上げてきたものを最後まで維持して走りきれるかっていうところが重要かと思っていて。頑張るんじゃなくて、頑張らないように維持するってことを最後は意識して走っているので、無駄な力が入らず走れているのかなって思いますね。
ー競った場面はだれでも力が入りやすいかと思います。これも事前の準備で克服してらっしゃるんですね。
藤光選手
ほんと陸上競技は自分との戦いなので。自分の走りをどれだけできるか、と。最後まで自分の走りができるかは、「絶対最後まで自分はいけるんだ」っていう気持ちがないと、自分の走りは突き通せないと思うので、結果的にはそういうところからつながってくるかもしれないですね
ー200mの戦略やペース配分をどのように考えてらっしゃるか、教えてもらえますか。
藤光選手
去年、スプリント学会の中で、「200mの極意」「200mとは」なんぞやみたいな話があったんですけど、それがわかってたらやってるよ、と笑。永遠のテーマというか、わからないからこその200mというか。世界選手権や良いタイムを出した時のデータを世界のトップの選手達と比較して、どれくらいのタイムで通過しているかは見ます。前半の入り自体はそこまで悪くないですけど、もう少しゆとりがほしいですね。余裕がある状態で前半通過したくて。データを見ると後半でやられちゃってるんですよね。前半である程度余力を持って、今と同じくらい、もしくはより速いタイムで入れないと、置いていかれてしまう。そのためには100mのタイムがもっと必要ですし、いかに前半を楽に早く走れるかっていうのは永遠のテーマです。コーナー抜けた時点でいい位置につけていないと勝負にならないんで、ポイントはそこですよね。コーナーの抜け方、いかに上手く早く抜けるか、が僕の200mのポイントなのかなと。前半速く入れたシーズンと、後半耐えれたシーズンとがあって、その繋ぎがコーナーの抜け部分で、上手くできれば自分の目指している完成形に近づいていくと思っています。いかにまとめるかが、今後の課題ですね。
ーそれでは世界陸上とダイアモンドリーグ、それぞれ100点満点はご自身つけられてないと思うんですけど、振り返っていただけますか。
藤光選手
世界陸上については、予選のレースはすごく良かったと思っています。状態も良かったですし、気持ち的にもすごく余裕のある走りができたので、前半も150mくらいまではしっかりレースを作れました。ゆとりを持って最後まで走り切れたので、準決勝に繋がるいい走りが出来ました。この力感と感覚で走れれば、自己ベスト以上は出るのかなと思って。
藤光選手
ただ、準決勝は思った以上に疲労感があったりだとか、予選では気にならなかったことが気になったりだとか。いろんな雑念が入ってきて、思うように自分の走りが出来なかったです。今期ワーストに入るくらいの走りでした。事前の準備でもそれくらいしかできていなかったというか。20秒3以上で走れればファイナルにいける、ってデータが過去6年位では出ていたので、速くても20秒2台で走れればファイナルにいけると、気持ち的にそれくらいの準備しかできていなかったんです。セミファイナルで20秒3で走るっていう準備。ただ始まってみたら予選からレベルが高くて、事前に想定していた準決通過ラインが、予選通過ラインでした。自分の準備がそこまでしかできていなかったので、結果もそれまでだったのかなと思います。ただ、準備してきたことをその場で出せるとわかったのは、すごく前向きになった部分です。大舞台で走っても変わらない、ということがわかりました。準決勝の走りはワーストに入るくらいだとは言いましたけど、そんなレースでもそれくらいのタイムで走れるっていうのも、自分にとってはプラスになってて、この走りでこのタイムだったら次こそは、というのがありました。マイナスの要因もありましたけど、プラスの要因もあったので、来年に向けてはすごく活きるレースになったと思ってますね。
ー報道では、事前にケガがあったと。
藤光選手
十分なトレーニングが積めなかったとは感じていました。ヨーロッパ転戦の疲労があって、世界選手権までのトレーニングに時間を割けなかった部分はあります。自分の計算不足や調整不足ですが、その中でも最善の準備はしたと思います。最低限の結果では走れたとは思いますけど、なにか準備が足りなかったのかなと感じましたね。
ー個人のレース直後は満身創痍という状態でしたか
藤光選手
故障というレベルまでいっていたかはわからないですけど、脚に違和感のある状態ではあったので、万全ではない状態でした。リレーに関しても、200mが終わってからは休養という形で、回復を優先して様子を見ていたので、決して万全という形ではなかったですね。
ー今期非常に充実していた中で、一番の目標とされる大会に万全で迎えられなかったのは、悔いが残りますね。
藤光選手
そうですね、そこに照準を合わせていたので、万全で迎えられないというのは自分の準備不足というか。調子は合っていたんですけど、それに耐えうる身体の準備と高負荷に耐えられるトレーニングが詰めてなかったので、本数に耐えられなかったのが要因として考えられますね。それと思っていた以上に高速トラックだったというのがあって、身体への負荷が重かった、と。
ートラックが固い、ということでしょうか。
藤光選手
反発がすごかったですね。ものすごく走りやすい競技場ではありました。今まで走った中でもいちばんなんじゃないかというくらい。競技場がどうだとかレベルがどうだとか以前の話で、どんな状況でも耐えうる準備をしておかなきゃいけない、というのを実感しました。「これくらいだろう」と決めつけて準備をすることは絶対にしてはいけないんだな、と身にしみて感じて。もちろん目安として予想するのはいいと思うんです。けれども、19秒台の選手でも予選落ちしている選手がいますし、安易な想定というのは良くないなというのはすごく感じて。これくらいのタイムを出せば通れるだろう、という準備の仕方はすごく良くないなと感じました。
ーそして世界陸上閉幕後にダイアモンドリーグに出場されました。世界陸上の課題感をぶつけるような位置づけだったんでしょうか。
藤光選手
正直、先ほどお話ししたような身体の状態で、記録を狙える状況ではなかったので、経験という位置づけでした。トップ選手の試合の流れだったりとか、大きな試合を経験しておくことが、今後の自分には必要だと思っていました。ダイアモンドリーグなどで世界のトップと戦うことの体力の消耗の仕方は、日本国内や普通の海外の試合と比べると全く違うと感じていて。そういう場に身体と気持ちが慣れていないと、普通に試合を運ぶことができない。日本国内と同じような気持ちや体力の消耗の仕方で世界選手権を戦わないといけないんだな、と感じて、できるだけ多くそういう場に身を置かなきゃいけないと思い、状況が状況でも経験を踏んでおきたい気持ちで臨みました。
ーそこで持ち帰られた経験は、狙い通りの経験でしたか。
藤光選手
内容的にはいいものではなかったと思いますが、今後にとってはすごく大きかったと思いますね。突然試合が決まって突然向かう時の気持ちの切り替えだとか、大きな試合の後にどういうモチベーションで走るのだとか、世界カレンダーの流れだとか、海外選手はどういう感じでいくのかなということを、間近で見れたのは良かったですね。
ー来シーズンも海外を中心に転戦されるのでしょうか。
藤光選手
国内レースは、あまり出ないと思います。国内レースの意味の無さを身にしみて感じたシーズンだったので、できるだけ海外のレース、大きな規模のレースを経験したいと思います。国内だったら自分が決勝に残ること、決勝で勝つことを見据えてレースを組み立てているので、絶対に気持ちにゆとりがあるんですよね。その気持ちのゆとりを世界でも同じように持ちたいんですよ決勝で勝負するから、予選と準決勝は余裕を持って臨む、という状態を来年のリオまでに作っておきたい。そういう状況に身を置き続けるシーズンにしたいと思いますね。

ケガや痛みとの戦いの末に生まれた、脚が前に前に出てくる現在のフォーム。藤光選手のスタイルもあいまって、非常に美しく映ります。そうした進化を重ねてきても跳ね返された世界の舞台。しかし、ただでは終わらず、来期の逆襲に備えたシーズン後半。来期、藤光選手の主戦場は、世界のトラックへと舞台を移ります。
インタビュー最終テーマは「off the track」。オフの過ごし方や、トラック外での藤光選手に迫ります。お楽しみに!




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